AIが生成したコンテンツがタイムラインを埋め尽くすようになってから、「これは、本当に人間が書いたものか?」と疑いの目を向けることが日常になってしまった。最近では、AIの無機質な言葉を、わざわざ人間らしく書き直してくれるAIまで出てくる始末だ。
「もうわけがわからないよ」
画像も、文章も、そして音楽も。フェイクそのものが悪だとは思わないけれど、何がリアルで、何がそうでないのか。その判断基準が溶けていくような感覚に、言いようのない不安を覚えていた。
痕跡が、ない
ふと、デジタル上の自分について考えてみた。
僕はSNSを一切やっていない。写真を撮りまくる習慣もない。デジタルの渦の中に、僕という人間の痕跡はほとんど存在しないのだ。かつては、それが誰にも邪魔されない快適な生き方だと思っていた。
けれどある時、不意に突きつけられた。
「今のままじゃ、僕が生きてきた証明は、何一つ残らないんじゃないか?」
その葛藤が引き金となり、僕は重い腰を上げた。PCの奥底から絞り出した数少ない写真を並べ、このサイトを築き始めた。
技術を、惜しみなく
これまでの人生、この仕事がずっと好きだったかと言われれば、正直首を傾げてしまう時期もあった。
けれど、年齢を重ねる中で、一度くらいは真正面から自分という存在に向き合いたいと思った。仕事だからと妥協するのではなく、20年以上積み上げてきた技術を、この場所に注ぎ込んだ。
消えゆくデジタルデータの渦の中で。せめて、より上質な本物を。より人間らしいものを。
デザインの細部には、僕なりの意図を詰め込んだ。 縦書きをあえて取り入れたのは、日本人であるというアイデンティティ。 赤を差し色にしたのは、人生でどうしても切り離せなかった色。 BGMやマウスクリック音。ユーザーの静寂を尊重するのが今のWebの正解(アクセシビリティの観点から)だとは分かっていても、あえて取り入れている。それが、このサイトを作ることの楽しさでもある。
普段は締め切りと修正の連続の中で仕事をしているが、たまには自分のためだけに作ってもいいだろう、と思った。
かつて肩を並べて働いた友人や、いつの間にか疎遠になってしまった知人が、もし何かの拍子にここを見つけてくれたら嬉しい。 「まだ元気にコードを書いてるんだな」とか「え?あの坂井?」 そう思って、もし連絡をくれたりしたら、なお嬉しい。
文章にすると、どうしても少し硬くなってしまうけれど、実際はもっと気さくな人間だ。これからも、少しずつ記録を重ねていこうと思う。
