20代から30代にかけての僕は、革製品のエイジングに、文字通り狂ったように取り憑かれていた。
財布、キーケース、靴、そして重厚なバッグ。使い込み、専用のメンテナンスグッズで磨き上げ、深まっていく色艶を眺めては悦に入る。あの、自分の歴史が道具に刻まれていくような独特の感覚は、今でも嫌いじゃない。
在宅になって、変わったこと
ところが、コロナ禍による完全在宅ワークが、その価値観の根底を揺るがした。
家から一歩も出ない日々。お気に入りのバッグはクローゼットの隅で埃を被り、自慢の革靴は玄関で出番を失った。週末の過ごし方さえ、近所を軽く散歩するか、日用品を買い足しにスーパーへ行く程度。 追い打ちをかけるように、最近の「春と秋はどこへいったんだ?」のような極端な気候のせいで、外へ出る意欲自体が減退していった。
あれだけ依存していたサブスクも、アパレルの人間でもないのにトレンドを追いかけては買い漁っていた洋服も。ネット上に散らばっていた50を超える公式サイトのアカウントは、すべて退会して回った。
気づけば、あんなに愛着があったはずの自転車も、風を切って走ったバイクも、すべて手放していた。長年共に歩んだ財布も、キーケースも。クローゼットに残ったのは、ただ着回しやすさだけを追求した数着の衣服だけだった。
美しく散ろう
かつて衣類やガジェットに湯水のように注ぎ込んでいたお金は、今、まったく別の場所へ流れている。
フォームローラー、美容師さんに勧められた少し高価な化粧水。そう、投資先は外側の所有物から自分という器へとシフトしたのだ。 今さら足掻いても、ときすでに遅しかもしれないけれど...。タバコもいつの間にかやめていた。気づけば、風呂場にあるシャンプーやトリートメントの数は、妻のそれを上回っている状態だ。
人生、あと数十年。なら、せめて最後は美しく散ろう。
そんな、少し気取ったような、でも本気の美学が今の自分を支えている。
不思議なもので、ものが減れば減るほど、手元に残した数少ない道具への愛着はかえって深まっていく。
すっきりとした棚を眺めていると、溜まっていた頭の中のノイズまで消えていくような気がする。……まぁ、ただの気のせいかもしれないけれど。
